衝撃的なタイトルです。
平成17年に埼玉県上尾市の公立保育所で発生した、4歳児死亡事故に関するルポタージュです。
事故当日からその後に至る事実経過、生い立ち、背景等についてまとめられています。
なお、担当保育士等には罰金刑が確定し、また民事訴訟も確定しています(さいたま地判H21.12.16)。
本ルポタージュは基本的に上記民事訴訟判決文内の事実認定部分をベースに記され、必要に応じて深く掘り下げていく流れとなっています。

事件の概要は下記の通りです(以下、原則として上記民事訴訟判決文より引用)

B(被害児童)は,平成16年4月1日,上尾保育所に入所し,平成17年4月1日には4歳児クラスきく組に進級したが,同年8月10日,同保育所内で所在不明となり,同日午後0時25分ころ,同保育所内に設置されていた本棚(以下「本件本棚」という。)の中で発見され,同日午後1時50分ころ,熱中症による死亡が確認された(以下「本件事故」という。)。死亡推定時刻は,同日午後0時25分であった。

本ルポタージュ・上尾市事故調査委員会報告書・判決文を読みました。
上尾市立上尾保育所の杜撰な保育にただ唖然としました。
最も杜撰だと感じたのは、担当保育士や保育所全体が預かっている児童の行動や安全確認等に何ら気を遣っていなかった点です(括弧書きは補足)。

(2) 動静把握義務違反について

一般に,保育とは,子ども一人一人の成長や発達を見ることであり,その専門職である保育士は,一人一人の子どもについて,興味がどこにあるのか,実際にどのような遊びをしているのか,友達とどういう関係にあるのか,その遊びや友達関係がどのように発展しているのかなどの実態を把握して,各子どもの個体差を見極めた上で,それに応じた支援をしていくことが求められている。そして,保育士は,子ども達の命を預かっている以上,保育を行う前提として,その安全を確保することが当然に求められている。

そうすると,子ども達の安全を確保し,かつ,上記のような保育を実現するため,保育士は,子どもが,どこで,誰と,どんなことをしているのかを常に把握することが必要不可欠であって,少なくとも自分が担当する子ども達の動静を常に把握する義務を負っているものといわなければならない。特に,本件における上尾保育所のように,いわゆる自由保育の時間を取り入れ,児童らが保育所内を自由に動き回って遊んでいるような状態の場合,子ども達の動静を把握することは困難であるから,複数担任制であれば,担任保育士同士で声を掛け合ったり,保育内容が変わらない場合であっても少なくとも30分に1回は人数確認を行うなどして,子ども一人一人の動静に気を配ることが求められているというべきであり,さらには,担任以外の保育士らにおいても,全ての児童の名前や顔を把握した上で,保育所全体で児童の動静把握と安全確認に努めることが求められているというべきである。

本件において,Bが所属していた4歳児クラスきく組の担任保育士であったK保育士とL保育士は,上記1(5)で認定したとおり,本件事故当日,散歩から上尾保育所へ帰った際に,園内において,きく組児童らの人数を改めて確認することもせず,そのまま漫然と,自由遊びの時間として,児童らを保育室内のみならず廊下やホールなどでてんでばらばらに遊ばせていたにもかかわらず,両保育士とも,きく組保育室内で児童らとの遊びに夢中になり,午前10時25分ころから午前11時35分ころまでの1時間以上にわたって,人数確認もしなかったのであり,L保育士においては,一度も同保育室から出て保育室の外にいる児童の様子を窺おうとすらせず,K保育士においても,一時的に同保育室から出たものの,L保育士あるいは他の保育士らと声掛けを行うこともなかったのである。そして,両保育士は,同保育室内にいなかったBについて,散歩から帰った後,保育所内でその姿を一度も確認することがなかったにもかかわらず,Bは保育室と廊下を出たり入ったりしていたPやX(同じクラスの児童、Bをいじめていた疑いがある)と一緒に遊んでいるのだろうという漠然とした認識を持っていただけで,その状況について何らの危機感も持たないまま,昼食の準備を始め,皿が余っている状態になって初めてBがいないことに気がついたのである。

このように,K保育士とL保育士が,1時間以上もの間,Bの動静を把握することを怠ったことは明らかであるところ,4歳の児童が大人の予想がつかないような行動をとって危険にさらされることは十分にあり得ること,別紙図面1からも明らかなように,園舎内であってもトイレや廊下など一般的に危険な場所であるにもかかわらず死角となっていて,児童が助けを求めても声も聞こえないような場所が存在することに照らせば,両保育士による1時間以上にわたる動静把握義務の懈怠は,一般的に保育士に求められるべき注意義務の基準に照らして,子どもの生死に関わる悪質な態様のものといわざるを得ないのであって,重大な過失というべきである。

しかも,上記1(5)に認定したとおり,本件事故当日はBがいつも一緒に遊んでいる仲の良い児童2人が欠席しており,両保育士らは,散歩から帰った後は,BがPらと遊んでいるのではないかとの認識を有していたところ,上記1(4)に認定したとおり,原告A2(Bの父)と原告A1(Bの母)は,本件事故前から,K保育士とL保育士に対し,送迎時等に見聞きしていた上尾保育所でのBの様子及び自宅でのBの様子から,BがPやQらにいじめられているのではないかと心配していることを伝えていたのであり,同児童らがBをいじめているのであれば注意をして,Bを守ってほしいと繰り返し求めており,特に,本件事故の2か月足らず前に,Bがプールに入っていないにもかかわらず,あたかもプールに入っているのを現認したかのような無責任な記載を連絡ノートにしたことから,原告A1が両保育士に改めて注意を喚起していたのであるから,両保育士としては,BがPらと遊んでいるのではないかと認識した時点で,その様子を確認することが求められてしかるべきであったにもかかわらず,両保育士は,上記注意喚起を一顧だにもせず,K保育士は,2日くらい前から大人の目を避けていると感じていたPに配慮する形でこれをあえてしなかったのであり,L保育士においても,Bの所在等を確認することに何ら注意を払わず,他の児童との遊びに夢中になって,給食を配膳して初めてBがいないことに気づいたものであって,これらの事情を総合すると,K保育士とL保育士は,散歩から帰った後に改めて人数確認をせず,その後1時間以上にわたってBの動静把握を怠っていた点について強い非難を免れないといわなければならない。

裁判所は担当保育士の動静把握義務違反について強く批判しています。
それ以外にも本保育所や取り巻く環境には様々な問題がありました。

1.園舎の構造・本棚の設置場所

園舎や事故現場となった本棚の設置場所に構造的な問題がありました。
特に児童福祉課から本棚の設置場所として不適であると指摘されたにも関わらず設置し、児童福祉課もその後の指導を怠っています。
恐らくはこれ以外にも様々な構造的な問題があり、かつ保育士が気付いていなかったか、気付いていても放置していたのでしょう。

 本件本棚の管理状況(甲35,94の77,94の80,94の85,94の91,102ないし104,証人J,証人I)
本件本棚は,平成15年ころ,前所長であった丁が購入したものであり,当初はホールに置いてあったが,その後,本件事故当時の位置である三角倉庫前の廊下に設置されるようになった。なお,本件本棚の設置場所について,上尾保育所は,薄暗いから三角倉庫横の廊下に本棚用の補助照明を設置してほしい旨を上尾市児童福祉課に依頼し,これに対し,上尾市児童福祉課が,三角倉庫横の廊下は暗くて本棚の設置場所として適していないから,他の場所を再度検討してほしいとして照明器具を設置することを拒否したことがあった。しかし,上尾保育所は,本件本棚を移動させずに照明器具を保育所配分の消耗品費で購入して設置しただけで,その後,設置場所を再検討することはなく,児童福祉課も,設置場所について指導はしたものの,指導に従った措置がなされたかどうかの確認などは一切せずに,そのまま放置していた。
また,J所長は,平成17年6月ころ,本件本棚を含む3つある本棚の下部の収納庫の戸を全て外したが,本の数が足りず,中の本が倒れて見栄えがよくなかったため,1週間ほどで,一番右側の本棚の収納庫だけに本を入れ,その部分については戸を外したままにし,本件本棚を含むその余の本がない収納庫については,空のまま戸を戻しておいた。
本件本棚の設置場所は,上記アのとおり,いわゆる「死角」ともいえる危険で目の届かない場所であり,各保育士達もそのことを認識していた。しかも,J所長や8名の保育士らは,本件事故前に,本件本棚に子どもたちが出入りして遊んでいる状況を何度か目撃していたにもかかわらず,出入りする子ども達にその場で注意をしただけで,本件本棚への出入りについて,職員会議で話し合ったり,J所長が職員に注意するよう指示したことはなく,また,本件本棚を,死角にならない場所に移動したり,戸を外しておくなどの危険防止措置を採ることもなかった。
また,本件本棚の維持管理及び絵本の管理について,上尾保育所内で責任者は決められておらず,各年度で保育士や所長の交代がなされる際にも,後任者に絵本や本棚の管理等について引継ぎがなされることもなかった。

2.モンスターペアレントの存在

判決文・ルポタージュで明確に指摘されています。
保育士のマンパワー不足を招き、保護者や子供同士の人間関係を悪化させ、更にモンスターペアレントの子供達が被害児童を繰り返しいじめていました。
この点、上記上尾保育所事故調査委員会報告書では不思議なほどに全く触れられていません。

 Bが所属することとなったクラスについて(甲94の34,94の83,94の91,乙16,証人K,証人J,証人I)
後記(4)アに認定のとおり,Bは,平成16年4月1日になって,上尾保育所に入所し,3歳児クラスばら組に所属したものであるが,同クラスの保護者には,Bの入所前から,児童が怪我をした際などに被告及び上尾保育所に対して様々な要求をする保護者がおり,被告及び上尾保育所は,その対応に苦慮していた。このような保護者や児童がいると,担任保育士としても,その児童の動静に気をとられることが多くなり,他の児童に対する意識が希薄になる傾向があるため,児童福祉課は,2歳児クラスの時まで職員の加配措置を採り,通常,2歳児の児童6人に対して保育士1人を配置すれば足りるところに,保育士を1人増員し,4人の担任保育士で2歳児18人を担当していた。
ところが,上記のような問題が何ら解決していなかったにもかかわらず,児童福祉課は,着任したばかりのJ所長の意見を聞いたものの,上尾保育所からの申請がなかったので,平成16年4月,上記クラスが3歳児クラスに進級するにあたって上記加配措置を採らなかった。その結果,3歳児クラスでは児童24人を担任保育士2人で担当しなければならなくなった。
なお,後述するとおり,このクラスについては,3歳児クラス及び4歳児クラスを通して担任を希望する者がなく,なかなか担任が決まらないという状況にあった。

 3歳児クラス担任決定までの経緯
平成16年4月に,このクラスに持ち上がりで所属することとなった特定の児童の親が,従前から当該児童の怪我に関して休業補償を請求したり,児童の通院に保育士の付添いを要求したり,ひっかき傷の跡が残るようであれば訴える等の要求をし,担任及び上尾保育所長のみならず上尾市役所児童福祉課に直接談判することがあった。その関係で,3歳児に進級する際に,このクラスの担任のなり手がなく,なかなか担任が決まらないという状況であった。
結局,K保育士とM保育士が過去にこの子ども達の担任をしたことがあり,子ども達と保護者の様子を把握しているということから担任を持つことになったが,上尾保育所の職員全員で連携してこのクラスをフォローするという体制ではなかった。

3.正規職員たる保育士の高齢化
平均経験年数が22年、平均年齢は43歳前後でしょうか。
驚きました。
(個人差はあるでしょうが)活発な子供の行動に付いていけるとは考えにくく、動静把握義務違反に繋がったのでしょう。
背景には公立保育所の保育士の年功序列待遇や、活発に動かなくても済んだ保育所の雰囲気や運営方針がありそうです。
なお、お世話になっている私立保育所の保育士の平均年齢がおよそ30代前半(推測)です。
毎年、1~2名の新人保育士が就職しています。

職員氏名上尾保育所の経験年数職務経験年数
所長1年4ヶ月31年8ヶ月
主任保育士1年4ヶ月32年4ヶ月
0年4ヶ月30年4ヶ月
5歳児担当保育士1年4ヶ月14年4ヶ月
3年4ヶ月3年4ヶ月
4歳児担当保育士3年4ヶ月30年4ヶ月
3年4ヶ月12年4ヶ月
3歳児担当保育士5年4ヶ月29年4ヶ月
3年4ヶ月11年4ヶ月
2歳児担当保育士3年4ヶ月31年4ヶ月
0年4ヶ月25年10ヶ月
0年4ヶ月3年4ヶ月
1歳児担当保育士0年4ヶ月33年4ヶ月
5年4ヶ月23年10ヶ月
0歳児担当保育士4年4ヶ月24年7ヶ月
3年4ヶ月11年4ヶ月

上尾保育所事故調査委員会報告書より

4.事実隠し
学校でのいじめ問題と同じ対応です。
現場により自主的な調査を封じ、自治体にとって都合の良いメンバーによって構成された組織がおざなりの調査を行おうとしました。
市民に対する情報公開・説明責任義務と裁判で被告となる立場が相反し、後者が優先されて自己防衛に走った形式です。

 J(保育)所長は,同月13日ころ,本件事故が起こった経緯や原因を明らかにするため,保育士全員から,記憶が鮮明なうちに当日の行動状況を聴取しようと考え,これをI課長に伝えたところ,I課長は,J所長に対し,子ども達も職員も動揺しているので平常の保育に戻すことに力を入れてほしい,調査は,個人で行うものではなく,事故調査委員会や警察が行うのが本来であって,園内で行うと混乱が生ずるという趣旨の話をした。そのため,J所長は,本件事故直後に保育士らから事情聴取をしなかった。

 被告は,平成17年8月15日,事故調査委員会を設置して本件事故の解明にあたることを決定し,同月18日,H部長を委員長とし,健康福祉部の次長や児童福祉課長,庶務課長,職員課長など被告の職員だけで構成された事故調査委員会を設置して,第1回事故調査委員会を開催した。
原告A2と原告A1は,この事故調査委員会の設置を人づてに聞き,役所の内部だけで調査して形だけで終わらせるような人選で納得がいかず,同年9月5日,被告に対し,事故調査委員会のあり方について,委員に保育の専門家や弁護士,医師など第三者を入れること,事故調査委員会での調査内容を原告A2らに報告すること,調査結果報告書は公開すること等の要望を申し入れた。


「死を招いた保育」(2)保護者から見た実態・保育所見学ポイント
に続きます。