自民党が総選挙で掲げた「幼児教育無償化」、徐々に具体像が明らかになっています。

幼児教育無償化 最大1.2兆円、政府試算(毎日)
認可外保育 無償化せず、政府検討 財源に限界(毎日)
保育無償化 誰のため? 所得水準で恩恵に差(日経)
保育所整備 3000億円拠出 首相要請 経済界、受け入れ意向(東京)
教育無償化、認可外保育園は対象にしない方向 政府方針(朝日)

対象となる子育て世帯にとってはありがたい無償化案ですが、一方で対象・規模等に大きな問題あるのも事実です(財源問題は触れません)。

現行制度は「応能負担」

無償化案について触れる前提として、現行の幼児教育(保育を含む)で保護者が負担している保育料の算定方式を取り上げます。

幼稚園や保育所等の保育料は、原則として「応能負担」を基準として定められています。これは幼児教育から受ける受益ではなく、負担できる所得能力に応じて保育料を定めるシステムです。字の通り、「力にじて負担する」ものです。

応能負担制度により、所得が高い世帯の保育料は高く、低い世帯の保育料は低く設定されています。

一方、殆どの自治体では国基準から引き下げを行っています。中には大阪市の様に4-5歳児の保育料(教育費相当分)を無償化したり、守口市の様に0-5歳児の保育料を無償化した自治体もあります。

しかし、保護者が負担する保育料だけでは、幼児教育等に要する費用には到底足りません。不足分は各自治体が負担しています。

つまり、幼稚園や保育所等に通っている児童に対しては、既に多額の公的補助が投じられているのが実情です。こうした制度を表にまとめてみました。

 年齢 種別利用割合現行の負担無償化案での負担
保護者公費保護者公費負担
0-2歳児認可保育所等(3号認定)約33%応能低所得世帯のみ無償?特大
認可外認証保育所等数パーセント?
(地域差が大きい)
応能対象外?
企業主導型応益
それ以外の認可外応益無し無し
家庭保育約60%? 無し無し
3-5歳児認可保育所等(2号認定)50%弱応能無償?全額
幼稚園(1号認定)50%弱応能無償?全額
認可外3%前後?応益無し応益無し
家庭保育1%未満無し無し

応能負担→無償化は高所得世帯ほど恩恵大、事実上の逆進性

応能負担から無償化への移行が検討されているのは、3-5歳児が通う保育所(2号認定)・幼稚園(1号認定)と、保育所へ通っている0-2歳児(低所得世帯に限る)です。

各世帯は世帯所得に応じた保育料を支払っています。これを無償にした場合、最も負担額が減少するのは高所得世帯です。

例えば大阪市で3歳児が保育所へ通っている場合、最も所得が高い世帯が負担する保育料は月額36,800円です(4-5歳児は教育費相当分が無償化済み)。無償化されたら年額441,600円の支出が無くなります。

保育所・認定こども園(保育認定)・地域型保育事業の保育料について(大阪市)

http://www.city.osaka.lg.jp/kodomo/page/0000185265.html

反対に、生活保護世帯・市民税非課税世帯・ひとり親世帯等が負担する保育料は、月額0円~3,200円に抑えられています。無償化されても、その恩恵は大きくありません。

この様に、応能負担から無償化への移行は高所得世帯ほどメリットが大きくなります。事実上の逆進性です。

保育所と幼稚園で無償化範囲が異なる

保育所も幼稚園も一律に無償化とする案が検討されています。どちらも児童が通う施設ですが、中身には大きな違いがあります。

最大の違いは「滞在時間」です。幼稚園は1日4時間の教育が標準とされています。保育料は教育に対して支払うものであり、昼食代や預かり保育費用(利用者のみ)は別途負担するのが原則です。

一方、保育所は短時間保育が8時間まで、標準時間保育は8時間~11時間とされています。昼食代は保育料に含まれています(不足分を主食代として負担する施設もある)。また、午後6時以降の保育は別途延長保育料を負担しています。

この様に、保育所と幼稚園では保育料によってカバーされる範囲に大きな違いがあります。一般的に幼稚園が狭く、保育所が広くなっています。

こうした違いを無視して保育料を無償化した場合、幼稚園と保育所で無償化対象の違いが大きな問題となるでしょう。幼稚園の負担感の強さがクローズアップされ、保育所志向が更に強くなる恐れが高いです。

認可外保育施設(認証・企業主導型を含む)の利用者は?

ここ数日の間、しばしば目にするのが「認可外保育施設は無償化対象外、政府検討」という言葉です(各紙の記事において、主語が「○○省」ではなく「政府」となっているのが引っかかりますが)。

認可外保育施設といっても様々なパターンがあります。保育所や幼稚園以上の教育を求めて、認可外へ通わせている家庭もあります。インターナショナルスクールや毎月高額の保育料を要する施設が典型例です。

こうした家庭が負担している保育料を無償とする必要性は乏しいでしょう。

反対に保育所への入所を申し込んだが入所できず、次善の選択として認可外保育施設へ通っている児童も少なくありません。特に待機児童問題が深刻な都市部では少なくありません。

認可外保育施設と一括りにされていますが、様々な種類の施設が存在しています。大きく分けると一定の公的負担が行われている企業主導型保育・認証保育所等と、公的負担が無い認可外保育施設です。

保育所等と認可外保育施設の利用者が負担する保育料の違いは非常に大きく、いつ社会問題化してもおかしくない状況です。ただ、認可外施設を利用するのは中高所得世帯が中心であり、応能負担で定められる保育所保育料と大きな違いがなく、結果的に見過ごされていました。

しかし、検討されている無償案は「低所得世帯」に限定されています。保育所等へ入所できた児童は無償化となる一方、入所できずに認可外保育施設を利用せざるを得なかった児童は引き続いて多額の保育料を負担しなければなりません。問題が顕在化するのは必至です。

低所得層に限った場合であっても、待機児童問題・公平性の観点から0-2歳児の保育料無償化は非常に大きな問題があります。

なお、大阪市では平成29年度から認可外保育施設を利用している4-5歳児の一部につき、教育費相当額(概ね保育料の半額)を補助する制度を設けています(詳細は設計中、バックデートして実施予定)。

【大阪市政】無償化対象となる認可外保育施設の公募が始まりました

申込数が激増、待機児童問題の深刻化は避けられない

また、無償化によって保育所等への申込者が激増するのは避けられません。いち早く導入した守口市では、保育所等への申込数が約40%も増加しました(年齢別は不明)。

【日経新聞より】「保育無償化」効果と課題 大阪・守口市

来年度は更に増加するのではないでしょうか。「保育所を利用しなければ損だ」という考えに繋がります。

放置される家庭保育

無償化案が検討されている一方、放置されている児童もいます。保育所等を利用せず、自宅で保育している世帯です(育児休業中も含む)。

保育所等の不足が問題となっていますが、実は半数以上の0-2歳児は家庭で保育されているのが実情です(地域差は大きい)。「0-1歳から保育所」という考え方は、都市部特有の物かもしれません。

保育所等や利用者へ手厚い公費が投じられる一方、家庭で保育している世帯への支出は極めて薄いのが実情です。殆ど何も行われていないとも言えます。

一部には「家庭で保育できる専業主婦世帯は恵まれている」という考え方もあるでしょう。しかし、朝から夜まで小さな子供と過ごすのは非常に大変です。他の地方から転居した方や、近くに祖父母がいない方は尚更でしょう。

大変なのは「一時も気が抜けない」という点です。気を張り詰め続け、ストレスが溜まって疲れ果ててしまいます。私もそうした時期がありました、皿を次々と落としてしまい、髪が薄くなりました。子供を放置して出掛けたくなったのは、一度や二度ではありません。

こうした時期に「あれば良かった」と感じるのは、季節や天候に左右されず、子連れで気軽に出掛けられる場所です。具体的には屋内型の遊戯施設や児童図書館です。こうした施設の整備や補助制度があれば、家庭保育の辛さが少しは和らいだでしょう。

少子化対策になるか?

これによって高所得世帯の多子化が進めば良いでしょう。しかし、既に4-5歳児教育費無償化が導入されている大阪市において、少なくとも私の周囲ではこうした動きは感じられません。

保育所で以前よりしばしば耳にする様になった話題は「お稽古事」です。最近、幼児クラスでお稽古事に通っている子供が明らかに増えた様に感じています。

中間的な所得層では、教育費無償化によって保育料が毎月1-2万円程度安くなりました。この分がそのままお稽古事に利用されている気配を感じます。

都市部での子育てにおいて、子供の数を大きく制約するのは「住居の広さ」です。子供が一人増えた場合に要する追加スペース、それに要する住居費は非常に頭が痛いです。

先々の教育費等も頭が痛いです。しかし、これは学校を上手く利用すれば、一定の水準に抑えられます(高校生の頃は授業終了後に居残って、先生に質問ばかりしていました)。国公立学校なら授業料減免制度も利用しやすいです。

しかし、住居スペースだけはどうにもなりません。大阪市内でもマンションや一戸建ての価格は上昇しています。手が出しづらいです。

もう一度考え直して!

この様に、幼児教育無償化案は様々な課題が含まれています。

実はこうした案を検討している政治家や官僚は、子育てから最も遠い世界にいるでしょう。仕事が忙しく、時間が取れないのは仕方ありません。

また、子育て世帯の状況は非常に違いが大きいです。全ての世帯に等しい施策は困難でしょう。であれば、本当に困っている世帯のみを対象としたり、効果が大きい世帯を対象とする方法も考えられます。

であれば、実際に小さな子供を育てている親や、幼児教育の現場で働いている先生達の意見を真摯に聞いて欲しいです。子育て世帯や教育現場が何を求めているかというニーズを捉えて欲しいです。

ネット上でも様々な声が飛び交っています。パイプがある誰かが意見集約し、適切なルートを通じて届けるのも良いかもしれません。