待機児童ゼロの日(2)保育士を確保せよ

2014/4/8付
日本経済新聞 朝刊

「異例だが、きょうは即日内定を出した。遅くとも4月11日には働き始めてほしい」

祝日の3月21日、保育大手アートチャイルドケア(大阪府大東市)の採用課長、文字豊(45)は、東京・新宿で採用セミナーを開いていた。参加者6人に筆記試験と面接を行い、経験者3人を採用するあわただしさ。

4月に8つの認可保育園を開園するが、保育士が十分確保できていない。年明け以降、各地で開いたセミナーは40回超に及ぶが全国行脚はまだまだ続く。

自治体の保育園増設ラッシュは保育ビジネスのかつてない追い風。多くの企業が事業拡大や新規参入に動くが、保育士不足が壁となり立ちはだかる。

アートは自治体の要請を受け、来年春も7園の開設が内定。チャンスはいくらでも生かしたいはずだが、社長の村田省三(60)さえ「これ以上は難しい」。

大学や専門学校を出て保育士になる新卒は毎年約2万人とほぼ一定。増設する園の人材は働いていない保育士の発掘にかかる。それが難しい。全業種平均より約10万円安いとされる賃金や高い離職率がネックになる。

予算をつけても、開園できない事態が現実味を増す中、自治体も追い詰められている。

「新規参入企業や小規模の社会福祉法人ほど採用が厳しい。全力で支える」。大阪市の保育士紹介事業の責任者、川村直弘(38)は決意を示す。同市は今年4月新設の認可園から、株式会社の参入を解禁。それに先駆け、昨年10月には離職中の保育士に登録を促し、市内の園に紹介する事業を始めた。

勤務先は近隣限定。残業はできない。保育士のニーズと園が求める人材をマッチングさせる地道な作業。復職する人の心のハードルを下げるべく、園の見学や採用面接にも同行する。3月末までに送り込んだ人材は109人。「4月からは近隣府県に募集範囲を広げて、かき集める」と川村。争奪戦は自治体間の争いに発展しつつある。

「来春は今年以上に厳しい」。保育最大手のJPホールディングス常務、荻田和宏(48)は、来春卒の採用セミナーを1カ月前倒しし、3月下旬にスタートさせた。社員寮や保育系学生への奨学金など、他社に先駆け福利厚生の充実に努めてきた同社だが、今春入社した新卒保育士は目標の6割以下の201人。なりふり構ってはいられない。参入規制に守られ競争と無縁だった保育業界。もはやその面影はない。
(敬称略)

http://www.nikkei.com/article/DGKDZO69546340Y4A400C1EA1000/

相次ぐ新規開園を受け、熾烈な保育士の確保競争が行われています。

アートチャイルドケア社が4月に開園した認可保育所は以下の通りです。
(記事中では「8つ」とありましたが、同社HP等で確認出来たのは以下の7カ所です。)
アートチャイルドケア 札幌桑園
アートチャイルドケア札幌八軒
アートチャイルドケア長久手保育園
アートチャイルドケア東淀川
アートチャイルドケア伊丹
アートチャイルドケア箕面
アートチャイルドケア豊岡こうのとり保育園

保育所の新設や民間参入の促進は予算とやる気があれば可能ですが、保育士の確保は別問題です。

この1月から3月に掛けては東日本大震災からの復興需要や消費税増税前の駆け込み建築による職人不足を原因として、保育所の開所が延期される事態が相次ぎました。
大阪市内でも複数の保育所が開所延期を余儀なくされていました。
幸いな事に、大半の保育所が5月~6月に開所できる予定となっています。

保育士の不足は構造的な問題です。
保育所を養成する大学・専門学校を卒業したにもかかわらず、保育士とならずに他業種へ就職する学生が少なくないと聞きます。
賃金水準の低さが主たる要因の1つであり、容易には引き上げにくい事情があると推測されます。

認可保育所の経営分析参考指標(平成24年度決算分)によると、定員60人以上の認可保育所における事業活動収入に対する人件費率は71.5%です。
法人企業統計年報における平成24年度の非製造業の売上高人件費比率が約14%です。
また、日本政策金融公庫における小企業の経営指標2012での社会保険・社会福祉・介護事業の人件費対売上高比率が64.6%です。
人が資本とは言え、認可保育所において人件費の負担が重いのは一目瞭然でしょう。

認可保育所の収入の多くは自治体からの保育所運営費です。
保育所の定員・児童の年齢を基準として保育単価が設定されており、毎月初日の在籍児童数に保育単価を乗じた額と別途定められている加算額を合計した金額が保育所運営費として自治体から保育所へ交付されています。

イ 保育単価の内容
(ア)事務費
1.人件費
入所児童の保育に必要なその保育所の長、保育士、調理員及びその他の職員の経費です。このうち保育士の人件費については、その定数を乳児3 人につき1人、1・2 歳児6 人につき1 人、3 歳児20 人につき1 人、4 歳以上児30 人につき1 人(ただし、定員90 人以下の施設においては、この定数のほか1 人、定員91 人以上の施設は、大阪市の補助金で同様に1 人を加算)としており、それぞれ「乳児」「1~2 歳児」「3 歳児」「4 歳以上児」の保育単価によって支弁しています。
2.管理費
庁費(消耗品費、通信運搬費、備品費、光熱水費等の諸経費)、旅費、職員研修費、職員健康管理費、建物等の補修費、保健衛生費であり、その保育所の管理に必要な経費です。

(イ)事業費
1.一般生活費
入所児童の給食に要する材料費(3 歳児未満については、主食及び副食給食費、3 歳児以上児については、副食給食費)及び保育に直接必要な保育材料費、炊飯食器費、光熱水費等の経費です。
2.児童用採暖費
入所児童に対する冬期の採暖に要する経費です。

認可保育所の開設・運営について

予め人件費として計算された金額が交付金として支給されており、かつ支出に占める人件費率が高くなっています。
保育所として給与を引き上げたくても、収入及び支出の構造上、難しいのが現実でしょう。

新卒向けにはそれなりの給与と将来的には家族を養えるだけの昇給の見込みを、保育所から離職している潜在保育士には勤務条件のマッチングが重要だと感じます。

子供がお世話になっている保育所では子育て真っ最中の保育士が少なくありません。
また、ここ数ヶ月の間に複数の保育士が産休・育休を取得し、入れ替わりで復職した保育士もいます。
子育てと仕事を両立するには、勤務条件の調整が欠かせないでしょう。
「保育所で預かっている児童の世話ばかりをして、自分の子供はほったらかし」という訳にはいきません。

心配なのは保育士の確保が困難となり、認可保育所等の新設が進まなくなる事態です。
実はその兆候がうっすらと見えています。

今春、大阪市では認可保育所及び小規模保育施設の大量新設に向けて、民間事業者等を対象とした公募を行っています。
認可保育所の設置・運営法人の募集について
大阪市小規模保育施設設置・運営事業者募集について

しかしながら、応募数が足らずに再募集を行う地域が少なくありません。
認可保育所は事前登録段階で16地域中4地域(詳細はこちら)で、小規模保育施設は32カ所中11カ所(詳細はこちら)が再募集対象となっています。
保育所向け物件の賃料の高騰等、様々な事情が考えられます。
「保育士の確保が難しい」という理由もあるのではないでしょうか。