大阪府阪南市で公立の4幼稚園・3保育所を閉鎖し、家電量販店の建物を居抜きで利用する「(仮称)阪南市立総合こども館」へ統合する計画が動き出しています。保護者等が反発を強め、住民投票を求める署名を市へ提出しました。

7幼稚園・保育所を集約 母ら反発…阪南市計画

阪南市が市立の4幼稚園と3保育所を廃止、集約して家電量販店跡に大規模な「認定こども園」を整備する計画について、反対する市民グループは18日、賛否を問う住民投票の実施を求める約1万2600人分の署名を市に提出した。市人口の2割にあたり、子育て中の母親らは「多くの市民が計画に疑問を持っていることを市は自覚してほしい」と訴えた。

市によると、幼稚園、保育所の老朽化が進み、地震や津波被害から子どもたちを守るため、0~5歳が通う幼保連携型の「市立総合こども館(仮称)」を整備する計画を立てた。昨年閉店した家電量販店の鉄骨2階建て建物(約6800平方メートル)を購入し、開館は2018年度の予定。規模は540~560人程度としている。

総事業費は15億3000万円で、うち市が6億5000万円を持つ。各幼稚園と保育所を建て替えた場合の総事業費は25億7000万円で市負担は20億3000万円と、財政的にも認定こども園整備の方が負担が軽いとしている。

市は昨年12月、市議会に計画を説明。今年3月議会で、建物の購入費を含む補正予算案が可決された。市民向け説明会も開かれたが、一部から「渋滞などをどう考慮するのか」「災害時の避難誘導や感染症対策に不安がある」「計画はあまりにも拙速」などと疑問の声が上がっていた。

そこで母親らは先月から、18歳以上の市民を対象に署名集めを開始。この日、1万2683人分を集めて、市役所付近を行進し、署名を市の担当者に手渡した。

一方、市自治基本条例は、住民投票について「実施を市長に請求することができる」としているが、具体的な手続きには触れておらず、市は「現時点では実施できない」と消極的だ。ただ、市は「市民の大切な声として受け止め、早急に対応したい」としている。

「阪南市住民投票を実現する会」代表の伊藤儀和さん(68)は、同条例が「議会及び市長は自ら住民投票の実施を発議できる」としている点を重視。「議会や市長が判断すれば、住民投票はできる」とし、「計画の説明が足りない。市民の話をもっと聞くべきで、判断も委ねてほしい」と話した。

http://www.yomiuri.co.jp/local/osaka/news/20160518-OYTNT50353.html

しかし、市は実施請求を正式に拒否しました。

(仮称)阪南市立総合こども館の整備に係る考え、及び5月18日に提出いただいた住民投票の実施請求に対する考えをお知らせいたします。

今回の総合こども館の整備については、児童数が減少している現状や、南海トラフ巨大地震の発災時等に子どもたちの安全・安心を守ることを中心に様々な検討を重ねた結果、阪南市の将来を担う子どもたちのため、総合こども館を整備することが最善の策であると判断したものです。

このことを踏まえ、本年1月から7回の保護者説明会と11回の市民説明会を開催し、市民のみなさんにご説明させていただいたところであり、議会においても、この間の経過等を十分にご理解のうえ、議員15人中賛成12人という圧倒的多数の賛成で可決いただいたところです。

今後は、自治基本条例の基本理念にのっとり、市民のみなさん・保護者・専門家等で構成するワークショップを開催のうえ、多様な意見を出し合い、施設の基本イメージを策定してまいります。

これからも、市民のみなさんとともに、議会・執行機関が両輪となって、それぞれの役割分担や協働のもとに、より良い総合こども館の整備に全力で取り組んでまいります。(以下省略)

http://www.city.hannan.lg.jp/info/1463645645137.html

こうした事態に至った背景は複雑です。

阪南市の主張から見ていきます。「阪南市子ども・子育て支援事業計画について」に上手くまとまっています。

7施設は築38年以上

こども館への統合を予定している7施設は、昭和41年~昭和53年に建設された建物です。築38年~50年です。適切な耐震補強工事を行えば引き続き利用できそうですが、老朽化や現代の生活様式と合わない部分の存在は否定できません。補修工事ではなく、できれば建て替えたいのは一致する所でしょう。

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幼稚園充足率は5割未満

大阪府南部い位置する阪南市では、出生数・就学前児童数が急減しています。ここ10年間で出生数は25%減少し、今後10年で就学前児童数は3割減少する見込みです。

これに伴い、公立幼稚園の充足率は危機的状況に落ち込んでいます。平成27年度は統合予定の4幼稚園の充足率48%に達しました。定員840人に対し、在籍児童は404人となりました。平成28年度以降は更に減少する見込みです。

一方、公立保育所の充足率は88%を保っています。尾崎保育所・石田保育所は100%を超えています。ただ、下荘保育所は69%と低迷しています。siminnsetumeikai siryou_ページ_04

約9億円の交付金

本決定において重要視されたのは国からの交付金の利用です。

一つは「地域再生戦略交付金」です。地域再生計画が認可されると交付金が支給されます。平成28年1月20日の第35回地域再生計画で認定を受けました。もう一つは「立地適正化計画」です。中心市街地に社会福祉施設・教育施設等を誘導すると同じく交付金が支給されます。

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阪南市は阪南市立総合こども館を設立し、子育て支援の充実・コンパクトシティの実現を図ろうとしています。これにより、2つの交付金が交付される見込みです。

市負担額は約14億円軽減

阪南市の試算によると、7施設を同じ場所で建て替えた場合の総事業費は約25億7,000万円(市負担額は20億3,000万円)とさされています。一方、総合こども館として統合した場合の総事業費は15億3,000万円(市負担額は6億6,000万円)と見込まれています。両者を比べると、阪南市の負担額に約13億7,000万円の違いが生じます。

総事業費(内数:市負担額)
建替25億7,018万円20億3,169万円
総合こども館15億3,300万円6億5,650万円
差額10億3,682万円13億7,519万円

交付金による財政上のメリットは大っぴらにしないのが一般的です。しかし、阪南市は「国の有利な交付金」として大きくアピールしています。

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急すぎる計画

一方、保護者等は反発を強めています。私自身が気になった点を指摘します。

計画が市議会へ説明されたのが平成27年12月、保護者向け説明会が平成28年1月、市民説明会が2月、市議会で予算案が可決成立したのが今年3月という異例の早さでした。

説明会は保護者や市民等の意見を聞くのではなく、決まった計画を一方的に説明する場だったのでしょう。予算市会を目前に控えている中、何らかの有益な意見が出ても計画を修正するのは事実上不可能でした。

また、施設の開所も急です。総合ことも館の創設は平成30年4月と予定されています。2年後です。年少児が年長児になる年です。現在通っている施設が2年後に無くなると言われたら、誰だって驚きます。

公立幼稚園を統合等する場合、既に在籍している園児が卒園するのを待つケースが多い様子です。在園中に登園先が変わると極めて大きな不利益を被ります。中には登園できない児童も生じるでしょう。

遠い場所

建設予定地は市役所のすぐ南、国道26号線沿いにあるヤマダ電機の跡地です。阪南市内を東西に貫く、恐らくは市で最も交通量が多いでしょう。自動車が利用しやすい場所と言えそうです。

移転先は市の中心部です。しかし、統合元となる7施設からは遠く離れた場所です。最も遠い下荘幼稚園からは約3kmの距離です。

(朝日新聞より)

自転車を利用すれば登園できる距離ですが、現在よりも負担となるのは間違いありません。他の施設からでも少なくとも南海本線もしくは国道26号線を横切る必要があります。

保育所・幼稚園の移転とコンパクトシティ

市の計画では「中心部への教育・保育施設の移転によってコンパクトシティを図る」とされています。しかし、住民生活に密着した幼稚園・保育所の移転が、果たしてコンパクトシティに資するものでしょうか。

確かに子育て世帯は幼稚園や保育所がない地域に住むインセンティブは乏しいです。しかし、市中心部にこうした施設を誘致すれば、周囲に住むとは思えません。阪南市では無く、より都会に近い別の自治体に移住するだけではないでしょうか。

中心市街地へ無理に誘導を図っても矛盾が生じます。むしろ、その副作用の方が深刻でしょう。

顔と名前が一致しない、巨大こども園

平成27年度における7施設の児童数は合計で747人です。市は540-560人規模と想定しています。どちらにしろ、巨大なこども園であるのは間違いありません。

小さな子供が多数集まると何が起こるのでしょうか。確実にトラブルが発生します。子ども同士のいざこざから始まり、持ち物の紛失や破損、迷子・・・・数えたらキリがありません。

特に危惧しているのは「名前と顔が一致しない」という事態です。いわゆる普通の規模の保育所・幼稚園であれば、恐らく全ての職員は殆どの園児の名前と顔が一致しているでしょう。また、同じ教室で過ごす子供達は互いの顔と名前を把握しているでしょう。

しかし、大規模な施設となるとどうでしょうか。600人はやや大きめの小中学校に匹敵します。小学校だと各学年3クラス・中学校だと6クラスです。各職員が全ての児童の名前・顔を認識するのは困難です。ましてや相手は小中学生より手の掛かる園児です。顔と名前が一致しない状況で、十分な教育・保育が行えるのでしょうか。

担当する園児だけ認識していれば十分・・・・な筈がありません。園児からすると、全ての職員が「先生」です。困って泣きついた先生が自分の事を分かっていなかったら、悲しい気持ちになるでしょう。

なお、私は子供が所属しているクラスの園児の名前と顔は、8割方一致しています。新規採用の方を除けば、職員は全て分かります。夏までに全員が一致するようにがんばります。

子供の教育・保育より交付金目当て

実は私が特に気になっている部分です。阪南市は繰り返し「お金がない。交付金が欲しい。」と強調しています。苦しい財政状況の中で施設を更新する有力な手段と考えるのは無理がありません。

しかし、自治体の財政状況という話は市民にはピンと来ません。市にお金がないといっても「市長・議員・職員は高給取りだ」と返ってくるのがオチです。残念ながらこの手の話はまとまらず、平行線をたどるケースが多いと感じています。

財政上のメリットは市民の心に届きません。

土地は10年間賃借、10年後に5億円で購入?

市が財政上のメリットを主張する傍らで不思議な事態が生じています。こども館の建物は即座に購入するものの、土地は月額270万円で10年間借用し、10年後に約5億円で購入する計画としています。賃料が10年間で3億2,400万円、土地購入費と合わせると8億2,400万円に上ります。

まず、建物の購入費4億円と施設改修費(設計費含む)、約8億5千万円の内、半分の6億2千5百万円は、国から補助金が出るそうです。
土地の賃借料は月額270万円で、10年後の土地購入費は現在価格で約5億円です。

阪南市議会議員かいづか敏隆

土地と建物の契約問題があるのでしょう(FNNあたりで解説していたかも・・・・)。市負担額の試算表に借地料は計上されていますが、土地購入費は含まれていません。5億円で購入する場合、交付金によるメリットは大きく減衰されます。

当事者は乳幼児・保護者・出産検討中の夫婦

阪南市は人口5万人台の街です。大阪市から遠く、今後の人口減少(特に子ども)は避けられません。そ保育所・幼稚園の減少は避けられないでしょう。それは公立施設にも該当します。

また、老朽化は深刻です。南海トラフ大地震等への備えを考えると、建替は必然です。市の計画に一定の合理性はあるでしょう。

しかし、家電量販店を居抜きで利用して一本化する計画はあまりに乱暴です。幼児教育・保育の特性や地域事情を理解していたら、どこかの段階で待ったが掛かる筈でした。「交付金に目がくらんだ」「金で幼稚園・保育所を売った」と指摘されても仕方ありません。

阪南市にあるのは公立幼稚園・保育所のみではありません。数は決して多くありませんが、私立幼稚園・保育所・こども園があります。公立施設の再編を図る場合は、公私を合わせた地域毎の需給バランスを勘案するのが重要でしょう。特に幼稚園の在籍者は全国的に落ち込んでいます。近隣の私立幼稚園で十分であれば、公立幼稚園の全廃という選択肢もあったでしょう。

一方、保育所は不足気味だと推測されます。これを市中心部に移転したら、保育所を利用している家庭は本当に困ってしまいます。バスに乗れる幼児ならまだ知らず、送迎が必須となる乳児はお手上げです。

公開されている限りの情報に照らすと、保育所は現在地や近隣地での建替を、幼稚園は需要を勘案しつつ建替・統廃合等を検討するのが無難だと感じました。

どの様な方法を選択するにしても、当事者は乳幼児とその保護者、及び出産を検討している夫婦です。当事者の意見を聞いたふりをし、計画通りに進めようとしている市の考え方が猛批判に晒されています。

住民投票を市は拒否しました。今後、市長の解職・市議会の解散請求に発展する可能性があります。一方、こうした動きに嫌気がさした住民は、私立幼稚園や保育所への入園や他自治体へ転居するでしょう。どの様な結果になっても、阪南市は子育て世帯からそっぽを向かれそうです。